音声及び聴覚によるコミュニケーションは、生物にとって重要な位置を占めている。これは、人間社会において文字を持たない文化は存在しても、言語や音楽を持たない民族は存在しないことからも容易に予想される。今日では、鳥や虫に限らず、多くの動物が音声を互いのコミュニケーションに用いていることが明らかにされている。このレポートは、そうした動物の音声によるコミュニケーションについて、主に現在研究が最も盛んに行われていると思われる、鳥に関するものを扱う。
- 音声研究の方法
動物の音声の研究は比較的新しい。私たちは多くの動物の音声を聞き分け、記憶することができるが、音そのものは一過性であるため、記録にはさまざまな方法が用いられている。主にテープレコーダーを使って音声を録音する方法が一般的である。
今日、音声の分析はソナグラフという機械を使って音声を図示したソナグラムを使って行われている。これは、横軸に時間を、縦軸に周波数を取り、濃い部分は音の強さをあらわすもので、鳥の鳴き声の時系列・音の高い低い・強弱を同時にあらわすことが出来る。
体内での信号(情報)を生理学の方法を応用して研究する神経行動学(ニューロエソロジー)も、近年著しい発展をとげており、小西正一の研究などは大きな成果をあげている。小鳥は成鳥の歌を聞いてから、歌いだすまでにタイム・ラグがある。歌を覚え、まだ歌っていない鳥の内耳を除去し、声のフィードバックをなくすようにすると、あとでめちゃくちゃな歌を作る。つまり、覚えた歌の記憶を実際に使うには、自分の声が聞こえなければいけないことがわかる。鳥は記憶として残っている歌を「鋳型」として、自分の声と比べながら、声を調節することによって歌を覚えるのである。また、成鳥の歌を聞かなかった鳥は、通常の(種に特有な)歌を歌うことはできなくなる。歌も学習しなくては歌えないことがわかる。小鳥にスピーカーで何種類かの鳥の歌声を一度に与えると、自分の種のものだけを覚えて歌いだす。また、このとき自分の種の歌が存在しないときは、自分の種に似た部分だけを拾い、種に特有な歌に近いものを作り出すことから、鳥は生まれながらに自分の種に特有な歌の鋳型をもち、学習によってその能力が開花することが示唆される。
- 音声の出し方と聴音のしくみ
動物はさまざまな方法で音を出し、その周波数の範囲は数Hzから数百kHzに及んでいる。一般に動物の聴覚は、その種が出す音声の範囲に見合った周波数特性をもっているらしい。低音のコミュニケーションとして有名なのは、ナガスクジラの"20Hzシグナル"である。この周波数の音は、減衰しにくいなどの特性があり、海中での通信には最適であるという。アフリカゾウも、人間には聞こえない低い音で互いにコミュニケーションを取っていることがわかってきている。また、人体の脚や腕の筋肉は安静時においても、1秒間に約25回の収縮と弛緩をくり返しており、水中では25Hzの音として周囲に広がる(音には波動の性質がある)。水中スピーカーからこの音を流すと、多くのサメが集まってくる。
単純な一様の音を出し、その継続時間と休止時間の長さ(リズム)によって情報を伝える方法もある。人間社会でのモールス信号がそれにあたる。昆虫類が出す音は、人間には連続音として聞こえるが、実は短い休止をはさんでいる音であり、昆虫たちははっきりとその休止を知覚している証拠があるという。私の友人が飼っているウサギは、家の者が和太鼓のCDを聞いていたところ、リズムに合わせて横飛びにステップを踏んだそうである。
動物の音声の出し方にはいろいろあるが、複雑な声をもつ鳥は、気管または気管支の部分に鳴管とよばれる特殊な発声器官をもっており、一般に呼気の際に歌を出す。スズメ目の小鳥は特に発達した鳴管を持ち、吸気のときにも発音する。
コミュニケーションの手段である音声を受け止める聴覚器は一般に"耳"と呼ばれる。その原理には2通りの種類があり、音圧に反応するものと、音圧の勾配に反応するものがある。前者の例は、人間など陸上のほ乳生物の耳で、後者の例はキリギリス類の前肢にある鼓膜器をあげることができる。
- 鳥のボーカルコミュニケーション
多くの動物は複数の音声信号の種類(語彙、ボキャブラリー)をもっている。その数はおおむね、10〜40の範囲に納まっている。魚も鳥もほ乳類も、ボキャブラリーの数はあまり変わらないという。これは、それぞれの社会が複雑か否か、自然環境が複雑か否か関係なく、およそ40ものボキャブラリーがあれば十分ということらしい。ハシブトガラスは、単純だが音色とリズムの違うボキャブラリーを32もっており、鳥の中で知られているものの中では一番多い(意味不明のボキャブラリー4を含む)。ほかにはズアオアトリが19語、テナガザルが12語、アカゲザルが20〜30語などと言われている。
動物学者Thorpe(1967)は動物の"言葉"を定義して、(1)Propositional、(2)Syntactic、(3)Purposiveの3つの特性を備えた行動であると提唱した。第一のPropositionalは、命題的ということを意味し、「コメは日本人の主食である」というように論理的内容を表現する。たとえばミツバチの8の字ダンスがその典型で、「レンゲの蜜が北東100メートル先にある」というように、きわめて詳細な情報を仲間に伝達する命題的特性をもつといえる。第二のSyntacticは統辞的という特性で、「ことば」のもつ文法的な順序性ならびに構造性が複雑な形式をもって統合されていることを意味する。鳥の歌がその例である。第三の特性Purposiveは話し手が聞き手に何かを命じ、相手に直接または間接に影響を及ぼすことを意味する。鳥の地鳴き(後述)がこれにあたる。人の言葉はこれら三特性をすべて備えているのに対し、動物の言葉の場合、いずれか1つが優れている傾向が高い。
鳥の声は普通、地鳴き(コール)とさえずり(歌、ソング)の2つに分けて考えられている。地鳴きは、季節に関係なく雌雄が出す声で、短く単純である。さえずりは、長く複雑な旋律をもち、繁殖期の雄が発声することが多い。一般に認められる鳥のボキャブラリーは以下の表1に示した。
表1 鳥のボキャブラリーの種類
(成鳥の地鳴き) (幼鳥の地鳴き)
- 飛翔 16. 満足
- 着地 17. 恐怖
- 社会性(群れ) 18. 遠くからの餌ねだり
- 警戒※ 19. 近くからの餌ねだり
- 飛翔捕食者 (成鳥のさえずり)
- 地上捕食者 20. テリトリー性(高音歌)
- 恐怖 21. 単独性(低音歌)
- 攻撃性 22. 求愛
- テリトリー性
- 求愛※ ※ 警戒と求愛にはそれぞれ2〜3種ある鳥が多い。
- 交尾
- 営巣場所
- 求愛求餌
- 食物 (『音の科学』P.99より抜粋)
- ねぐら
現在知られている限り、鳥の地鳴きの種類(発声の状況)は上図の15個に類別することができる。といっても、すべての鳥の種がこれら15個の地鳴きをもっているわけではない。
地鳴きは鳥が特定の状況にあるときに出され、また、多くの場合、他の個体に速やかな影響を与えることができる。これらの特徴から、地鳴きはコミュニケーションの方法として非常に高い機能をもった声であり、言語としての機能をもつともいえる。
地鳴きの個体差は、個体認知の手段としても重要である。多くの鳥のひなは、まだ卵の中にいるときから、小さな声で親鳥と交信し、親の顔を見る前に、親の声を覚えるという。ペンギンなどは群れで暮らしているため、個体の差の区別は主に声で行っている。ペンギンの声を録音したものを流すと、群れの中から声の主のつがいであるペンギンがあらわれ、スピーカーに寄ってくるという。
鳥のさえずりは、美しい音色、複雑な旋律とリズムをもち、音量にも富み、人の心をも引きつける。そして、地鳴きなどよりもはるかに多くの情報量をもつものと想像されるが、さえずりは複雑な形をもち、しかも変化が多く、研究は難しいものとされている。その機能についても、おぼろげな像が描けるにすぎない。一般に、雄が繁殖期に鳴くのは、春になって男性ホルモンが増加するためといわれる。その証拠として、男性ホルモンを雌鳥の皮下に挿入すると、雌も10日以内にさえずりだす。
周囲の状況に関係なく、初夏が来れば、主として日照時間の増加による刺激によって男性ホルモンが増加し、鳥はさえずり始める。近くに雌がいなくとも、ライバルである雄がいなくとも、あたかも決められた時間が来れば鳴り出す目覚まし時計のように、さえずり始める。
さえずりには、さえずっている鳥の種としての、また個体の標識となる情報が含まれていることは間違いないとされている。雄のさえずりは、テリトリー(特に繁殖のためのテリトリー)と性に関する機能をもっている。雄が繁殖のためのテリトリーを構えたことを宣言し、雌を引きつけ他の雄を排除する、これらの機能をもっていると思われる。さえずりのもうひとつの効果は、さえずりを聴取した雌の繁殖行動を促進させる(または活発にさせる)ことである。これは、数種の飼鳥で確認されている。面白いことに、鳥の声にも地方による差(方言)が存在し、地元のさえずりに近いものほど、雌は営巣行動を促進させるらしい。
- 音声と社会
最後に、言語活動や音楽、音の認識は人間にとってどのようなものであるか、考えてみたい。ドイツの経済学者カルル・ビュッシャーは、集団労働の際に、力をそろえるために発するかけ声が歌になり、それが音楽の起源になったという説をとなえた。人間の音楽の起源に関しては、まだ定説というものはなく、ルソーやスペンサーは言語の抑揚に歌の起源をもとめ、ダーウィンは動物の性的鳴き声から進化したという説をとなえた。ヴントは感情の高まりとともに発する音声が歌になったといい、シュトンプは、大勢の人が一度に声を発したときの男女老若の音程差が旋律の出発点であったことを実証的にあかそうとした。自然民族において音楽は、魔術的な役割が大きいところから、音楽の起源が原始宗教と密接に関係しているという説が有力になり、多くの論文が発表されている。
生まれたばかりの新生児の泣き声が、A(ラ)の高さであり、しかも民族を問わず普遍的であるという話もある(ちなみに、オーケストラでコンサートマスターが最初に、調弦のために出す音もラである)。発声や音の知覚は、生物にとって非常に重要な機能をもつと思われる。
参考文献
芥川 也寸志 音楽の基礎 1971 岩波新書
小西 正一 小鳥はなぜ歌うのか 1994 岩波新書
難波 精一郎(編) 音の科学 1989 朝倉書店
宮本 健作 声を作る・声を見る 九官鳥からヒトへ 1995 森北出版株式会社